热热闹闹
-中国人は多重音がお好き!?
けたたましい車のクラクションに、テレビやラジオの騒々しさ…中国での音量の大きさには、日本人なら誰でも気になるはずだ。しかし、中国人は単なる音量の大きさだけでなく、いくつもの音が重なることに安らぎすら感じているのかもしれない、と気づきはじめた。
上海で行きつけの美容院の経営者から興味深い話を伺った。夏季休暇中で上海からいなくなる日本人客の減少を補うため、中国人向けに宣伝して美容院へ大勢来客してもらったという。ところが、「中国人客と日本人客が同じ空間で共存できないんです」と経営者は打ち明ける。中国人、特に年配のお客さんは店に入って来られただけで、まず声量が違う。さらにずっと続く叫ぶような携帯電話での会話。「日本人のお客さんも一緒だと、ヒヤヒヤしますね。結局、双方をターゲットとするには、部屋を分けるしか手がないですよ」とこぼす。こうした大音量に対する事例には事欠かない。
やはり中国人と日本人は音に対する感覚が違うのだろうか。中国人でも公の場と私の場は状況が異なる可能性もある。さっそく私の中国語の先生である若い女性に尋ねてみたが、家庭でも音環境は変わらないようだ。
彼女が帰宅すると、父親が自分の部屋でテレビをつけ、同時にパソコンで漫談を聴いていることが多いという。「お父さんはテレビとパソコンの2つの音が鳴ってるのが好きなんです。お母さんはお母さんで、お父さんのとは別の番組を自分のテレビで大音量でかけています。騒音っていったら、室外からマンションの隣家のカラオケは日常茶飯事だし、クラクションや人の話し声、歌声などなど。いままで考えたことなかったけど、そう言われてみると確かにいろいろな音が聞こえていますね」。平均的な中国人の生活音は、だいたいこのようなものらしい。音に関しては公と私、特段とりたてて区別はないようだ。
しかし、この家庭内の事例でも重要な要素は、音の大きさというより、音の重なりだ。私も上海での日常生活の中で、音量の大きさも確かに気になるが、多重音にも大変悩まされていることが多いと気づく。タクシーに乗るとラジオの音楽にテレビの音、そしてメーターを倒すと“チェンクゥ~ニーハオ……”。さらにご丁寧にもヘッドレストからコマーシャルが流れてくる車両さえあり、4つの音の波状攻撃にノックダウンだ。
地元の中華料理店に行くと、ほとんどの店が天井のスピーカーからの音楽に加え、テレビも大音量でつけている。「どちらかにして欲しい」と店員にお願いすると大抵その願いは受け入れられるのではあるが、そのときの店員さんたちの不思議そうな表情といったらない。「何がいけないの…?変な人」としっかりと顔に書いてあるのだ。
これらはもう、音に対する感覚の違いとしか言いようがないだろう。ここまで違うと、冒頭の美容院のように、同一空間で中国人と日本人が音で心地よさを共有することは無理。互いの音に対する感覚の違いを認め、尊重するしかないのだ。
下記をご覧になって戴きたい。中国語と日本語それぞれの音や声に対する表現を、ネガティブとポジティブに分類してみた。すると予測通り、日本語には音に対するネガティブな感情を表現する単語が多く、逆に中国語はポジティブな語が日本語よりも多い。音に対して生理的に好きか嫌いかの問題が、言葉の発生や表現に関係しているのではないだろうか。
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印象/悪い
日本語:やかましい、うるさい、騒がしい、ノイジーな、騒々しい、騒然とした、かまびすしい、耳障りな、けたたましい、耳をつんざく、がなり立てる、せわしい、うっとうしい、がんがん、ごうごう、けんけんがくがく、けんけんごうごう、がやがや、ガーガー
中国語:太吵了、吵死了、吵閙、嘈雑、喧嘩
印象/どちらでもない
日本語:かしましい、わいわい、わいわいがやがや
中国語:吵吵嚷嚷、震耳欲聾
印象/良い
日本語:にぎやか、にぎにぎしい
中国語:熱閙、熱熱閙閙、煕煕攘攘、攘往煕来、人声鼎沸、鑼敲喧天
注)中国人と日本人約50人に質問した結果であり、学術的な出典ではない。また、中国語の辞書には他の単語も掲載されてはいるが、あくまで現代で使われている観点で、古語や死語は除いて作成した。
静寂、しじま、間、侘び寂び…と音のない世界を楽しみ、無音でさえシーンと擬声語で表現する日本人。かたや、同じ無音を「冷冷清清」、「死気沉沉」と言って忌み嫌い、人がいるにぎやかな空間が好きで、大音量が大好きな中国人。そもそも感覚が違うのだ、とお互いが認め合うしか方法はない。しかし、その違いはどうして生まれたのか? いつから?どこから? 何とかその原因を知りたいものだが、中国の古代まで遡るタイムマシーンの力を借りでもしなければ、無理なのかもしれない。
最後に、中国人の静寂に対する感覚の違いを示す、某人材会社を経営する中国人社長から伺った話を披露しよう。
彼は若い頃日本に留学したが、住んだところは新潟の片田舎だったという。まだ夕方の7時なのに、何の音もしない。「丑三つ時でもあるまいし、そんな早い時間にシーンと静まり返るなんて、日本は本当に先進国なのか!? 誰もいない死んだような世界で、とにかく怖かった。慣れるまでには随分時間がかかりました」。
謝辞 記事執筆に当たり、御協力戴いた方に深謝申し上げます。敬称略。
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松原 弘明
福岡県生まれ。大学在学中の80年代始め、プロのジャズピアニストとして福岡で活躍後、沖電気工業株式会社に入社。入社後一貫してサウンド系のLSIの開発に携わる。サウンドLSI商品企画部長の職を経て、2004年2月より上海在住。上海古北の名都城内のイタリアンレストランil Cuoreで、毎月1回ピアノ演奏中。現在、OKIの半導体の中国拠点である日沖科技(上海)有限公司 【略称OSTS】 董事副総経理。OSTSのウェブサイトはhttp://www.new-ossh.com.cn
(中文)
热(re4)热(re4)闹(nao)闹(nao)——中国人喜欢多重掺杂的声音?
喧嚣的汽车喇叭,嘈杂的电视或广播……只要是日本人,都会介意中国的音量之大。可是,我最近才开始意识到——中国人不仅仅对大音量“听之任之”,而且还会觉得几种声音重叠在一起听起来蛮舒服的。
我经常去上海的一家美容院,从他们老板那里听来了一件很有趣的的事情。据说因为暑假期间日本客人都去休假了,导致客流量大幅减少,为了填补这个损失,他们加强了对中国客人的宣传,效果不错,客人确实也多了。然而,老板坦言,“中国客人和日本客人根本没法在同一个空间共存”。中国人,特别是有点年纪的客人只要一进店门,首先音量就会大有不同。特别是他们打手机的时候,在日本人看来简直是喊着说话的。“要是日本客人和他们呆一起的话,真够让人提心吊胆的。结果,为了做成双方的买卖,两头都不得罪,没办法,只能安排不同的房间分别服务。”像这样大音量的事例,真的是不胜枚举。
中国人和日本人对声音的感觉确实不同。我猜想,也许中国人在公共场合和私人场合情况会有所不同。于是,我试着向我的一个中文女老师打听,不过从她给我的答案来看,似乎一般家庭中的声音环境也没什么两样。
据她说,她回家的时候父亲经常会在自己的房间打开电视,同时再开着电脑听说书。“我爸爸喜欢同时听着电视和电脑两种声音。我妈妈也是,开着另外一台电视,调大音量看着和我爸爸不一样的节目,就好像在比谁的音量更大。还有别的声音,比如经常可以听到隔壁高唱卡拉OK的声音,外面的汽车喇叭声,还有人的说话声,唱歌的声音等等。以前没怎么想过,现在看来,真的是乱七八糟什么声音都有啊。”一般的中国人生活中的声音,大致好象都是这样的吧。如此看来,有关声音,无论公共场合还是私人场合,好象并没有什么特别的差异。
然而,说到上述这个家庭事例中最重要的部分——与其说是声音的大小,倒不如说还是多种声音重叠掺杂在一起的事实。我在上海的日常在生活也一样,声音之大确实让我很在意,但是更伤脑筋的还是总是听到好多声音掺杂在一起。比如说乘坐出租车的时候,有广播的声音,同时还有电视的声音,而当司机按下计价器后会出来“乘客~你好……”的声音,有的出租车还会从椅背靠头的地方传出各种广告的声音,4种声音此起彼伏,呈波浪式攻击将我彻底打倒。
去本地中餐馆的时候,发现大部分的商店都是顶上吊着扬声器大放音乐,同时下面开着电视交相呼应。每当这时我会拜托店员,“能不能只开一个?”,一般情况下他们都会满足我的要求,但是与此同时,店员先生一定会摆出一副不可思议的表情,嘴上不说脸上却分明写着:“开两个有什么不可以的啦?真是怪人”。
这些事例已经足够说明我们对声音的感觉存在差异了吧。正因为差异之大,所以,就像文章开头介绍的美容院一样,在同一空间里,中国人和日本人对于声音的喜好各有不同,不可能强求统一。我们只能承认彼此对声音的感觉存在差异,并且互相尊重对方的感觉。
请大家看看下面的表格。我试着根据褒义贬义对中文和日语中表现声音的各种词汇进行分类。和原先估计的一样,日语中表现对声音否定感情的词汇较多,而相反,在中文里表现对声音积极态度的词汇较日语多。由此可以看出,两个国家的人对声音从生理上所表现出的好恶,直接影响了各自语言的产生。
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注)上述结果来自于我征求的约50个中国人和日本人的意见,并非出自学术性的权威理论。另外,中文的词典里也收录了其他单词,但从现实使用频率的角度考虑,去掉了古语和死语的部分。
寂静,沉静,沉寂,清静寂寥…日本人喜欢享受无声的世界,甚至还可以用有声的拟声词“shin-to”来展现无声的恬静淡然。而相反,面对同样的无声,中国人会觉得“冷冷清清”,讨厌那样的“死气沉沉”,中国人喜欢热闹,喜欢大音量。因为我们原本感觉就不同,能做的只是彼此认可这种不同。可是,怎么会产生这种感觉的差异的呢?何时开始?源自何处?真的很想知道真正的原因,不过,除非有时空穿梭机可以追溯到中国古代,否则恐怕很难。
最后,再给大家说一个某猎头公司中国老板的亲身经历,讲的也是中国人对寂静的感觉与日本人大有不同。
他年轻的时候曾经留学日本,不过,据说当时他住的地方是新泻的偏僻乡村。虽说只是傍晚7点左右,居然已经安静得没什么声音了。“还没到深夜,居然就那么安静,我开始怀疑日本难道真的是发达国家!?就好像什么人都没有,全世界都死了一样,真的感觉怕怕的。之后经过相当长的时间才开始慢慢习惯的。”
感谢 在本文报道执笔时,衷心感谢各方协作。敬称省略。
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2006年11月掲載