近松座、中国を巡る 人間国宝が至近距離に! 藤十郎が見せる日本の芸の真髄とは 前編
400年の歴史を持つ歌舞伎は、世界に誇る日本の伝統芸能であり、ユネスコの世界無形文化遺産にも指定されています。その歌舞伎が今秋、ついに中国にやって来る! 「松竹大歌舞伎 近松座中国公演」が2007「中日文化・スポーツ交流年」実行委員会の事業として認定され、北京を皮切りに杭州、上海、広州にて公演。日本を代表する歌舞伎俳優で人間国宝の、坂田藤十郎さん、長男の中村翫雀さんらが独特の芸風を披露する。
独占インタビュー 坂田藤十郎さん
坂田「肝心の 花道が設けられないことも…」
中国での歌舞伎公演、はてさて気になるその行方・・・。
それは観てのお楽しみ――
重要無形文化財保持者(人間国宝)であり、上方歌舞伎を牽引してきた坂田藤十郎さん率いる近松座が、来月中国の4都市で20日間にわたる巡回公演を行います。日本のオリジナルに忠実に演じたいと話す坂田さんですが、中国の舞台に花道が設けられない可能性も!? この局面をどう乗り切るか、それはまさに「観てのお楽しみ」!
SC 坂田藤十郎さん率いる近松座は04年5月に「第2回北京国際演劇祭」への出演を果たしています。今回は2度目の中国公演となるわけですね。
坂田 前回は時間の都合などもあり、様式美を見せる舞踊劇での参加でした。しかし、この演劇祭への参加がきっかけとなって、今回再びの中国招聘へとつながったのです。厳密に言えば、近松座のドラマを見せる歌舞伎の公演としては今回が初めての中国公演だと言ってよいでしょう。
近松座が海外公演を始めたのは2001年からです。イギリス、ロシア、アメリカ、韓国などを回りましたが、その都度、私が感じるのは「人間は世界共通」だということです。公演でお客様から何度もカーテンコールやスタンディングオベーションをいただきますが、その時のお客様からいただく拍手の間合いや、歌舞伎に感動したお客様の反応というのは、不思議なことにどこで公演を行ってもまったく同じなんです。あの瞬間は、その場にいる役者も観客もみんなが国や民族、何もかもを忘れて心から通じ合っていると感じるのです。この気持ちは、特に最近の海外公演でより強く感じるようになりました。
SC そういう意味で今回の中国公演へはどのようなお気持ちで臨みますか。
坂田 歌舞伎で心と心が通じ合える、ならば、ましてや隣国の中国に来ないわけにはいかないでしょう。しかも今年は日中国交正常化35周年という節目の年です。この記念すべき年に訪中できることを大変うれしく思っています。けれども、私としてはもっと早い時期に中国へ来たかったという思いもあるんです。これまでの日本と中国は、こんなにも近い国であるのにその文化交流は”浅い“ところにあったのではないでしょうか。
日本と中国は経済的な交流は進んでいるかもしれませんが、心と心を通わせる交流はまだまだ。しかしその交流の鍵を握るのは、文化にあると私は思っています。400年の歴史のある歌舞伎は、日本の心を伝える芸術です。私は歌舞伎俳優として中国の方々に歌舞伎を観てもらい、「日本の心」と言うものを伝えていきたい。今回の公演は中国と日本の友情をますます深めて行きたいという一心で取り組みます。
SC 世界中どこで演じても、観客と感じあえる――。言葉も環境もまったく異なるバックグラウンドを持つ観客が歌舞伎に共感するのはなぜなのでしょうか。
坂田 その理由の1つには、やはり作品の力が挙げられます。近松座が演じるのは、日本を代表する劇作家で東洋のシェイクスピアとも呼ばれる近松門左衛門の作品です。近松作品全般に対して言われることですが、近松の作品は非常にドラマ性に富んでいます。ロンドンなどで公演を行っても、劇評にはそのドラマ性が絶賛されています。
今回の公演の演目の1つ『傾城反魂香』は、夫婦愛をテーマに描かれています。生まれつきの吃音で出世できない夫・又平を、妻・おとくが支え引っ張っていく。この夫婦のやりとりがリアリティあふれる様子で、きめ細かく描かれています。全体としてわかりやすいストーリーに加え、女性がしっかりしているといわれる中国では、この力強い夫婦愛に共感を得ていただけるのではないでしょうか。
歌舞伎公演は、人間の「真の心」を芸の流れで見せていくものです。歌舞伎の知識うんぬんではなく、作品をドラマとしてみてもらえれば、きっとみなさんにおわかりいただけるはずです。
また、今回はもう1演目、舞踊『英執着獅子』をご覧いただく予定です。この作品のおもしろさは1人の人物が前半で美しい女性を演じたかと思えば、後半は勇壮な獅子を演じるところにあります。まったく異なる性格の2つの役をこなすところに、ぜひご注目いただきたいですね。
SC 今回は北京を皮切りに杭州、上海、広州と20日間で4都市を巡演しますが、「人間国宝」の坂田さんでも緊張されるのでしょうか。
坂田 歌舞伎は毎回どこで演じても同じ気持ちで取り組んでいますが、公演回数1200回を越えた『曾根崎心中』でさえ毎回新しい舞台を踏む気持ちでドキドキしています。今回も同じです。ですが、むしろ緊張と言うより、初めて訪れる場所で演じられる楽しみのほうが大きいかもしれませんね。芝居を観る習慣のある中国の皆さんの前で演じて、どんな反応が返ってくるのか非常に楽しみです。
とりわけ中国には京劇の文化があります。多くの方々は京劇と歌舞伎が似たようなものだと思っていらっしゃる。確かに自国の芸術を演じて感動してもらうという根っこの部分と言いますか、到達するところは同じなのですが、実は京劇と歌舞伎はだいぶ違うものなのです。
京劇には歌舞伎の隈取りに似た化粧法があったり、女性役を男性が演じたり、似通っているところも多い。けれど京劇はオペラに近く、歌うことで物語が進行します。歌舞伎は節回しが歌っているように聞こえるかもしれませんが、台詞で物語をつないでいくドラマなので歌ったりはしません。今回の歌舞伎公演で両者の違いに気づいてくれたら、これもまた公演の1つの意義となるでしょう。
また今回の公演では、日本でわれわれが演じている歌舞伎をそっくり忠実に再現します。時間的条件や物理的条件などあらゆる面で勝手の異なる海外公演ですが、だからと言って内容をカットするようなことはしません。私は海外公演を始めたころからずっと、海外だからこそ日本とまったく同じにやらないと何も伝わらない、と思ってきました。どこにいても同じものをお客様にお見せすることにこそ、意義があるのです。
具体的に直面している一番の問題は花道をどう設けるかですが、これも日本と同じになるように調整している最中です。仮に花道が設けられない場合でも、花道があるとき以上に深い感動が与えられるよう、準備を整えています。さて実際にどうなるかは、観てのお楽しみです。●
坂田藤十郎
一九三一年
京都府生まれ。本名、林宏太郎。屋号「山城屋」
一九四一年
二代目中村扇雀を名乗り、大阪角座『嫗山姥』の公時、寺子屋』の小太郎で初舞台を踏む。
一九八一年
近松門左衛門の作品を上演するという目的に徹した近松座発足。
一九九〇年
歌舞伎座『廓文章』の伊左衛門、『鏡獅子』の小姓弥生後に獅子の精、『心中天網島』の治兵衛で、三代目中村鴈治郎を襲名。
一九九四年
重要無形文化財保持者(人間国宝)認定
二〇〇三年
リムスキー・コルサコフ劇場(ロシア)『曽根崎心中』のお初役で、初演以来通算上演回数が1200回を超える。
二〇〇四年
「第2回北京国際演劇祭」に近松座舞踊公演として参加。
二〇〇五年
南座『夕霧名残の正月』の伊左衛門、『曽根崎心中』のお初、『本朝廿四孝』の八重垣姫で、坂田藤十郎を襲名。
二〇〇七年
日本放送協会放送文化賞。やわらかさと色気そして華のある芸で、常に歌舞伎の第一線で活躍する。座右の銘は「一生青春」。
近松門左衛門作 傾城反魂香

これは近松門左衛門が1708年に書いた作品で、人形浄瑠璃として初演されました。原作は室町時代の絵師・狩野元信を主人公とするお家騒動ですが、現在では浮世又平と妻・おとくを描いた「土佐将監閑居の場」がよく上演されます。又平は義太夫独特の吃音の言い方をふまえてのセリフの技巧を要求される難しい役として知られています。死を覚悟して一心不乱に手水鉢に自画像を描くところ、土佐の苗字を名乗ることを許されての喜びなど見せどころが多い作品でもあります。妻・おとくも歌舞伎の中の「三女房」のひとつに数えられる大役で、おしゃべりであってもでしゃばりにならない、その兼ね合いをいかに演じているかにも注目したいもの。言葉が不自由な又平と、夫を支える妻・おとくとの温かい夫婦愛が伝わる名作です。
英執着獅子
歌舞伎舞踊には能の『石橋』に取材し獅子を題材に扱う「石橋物」があり、この作品は1754年に初演され、現存する「石橋物」の中では、『相生獅子』『枕獅子』に次ぐ古い作品です。当時、舞踊は女形の専売で、勇壮な獅子の精を女形舞踊に仕立てたところに趣向がありました。姫と傾城の2つのやり方が伝わっていますが、どちらにしても裾を引いた姿で踊り、女形の美しさと優美さを見せる舞踊です。夢から覚めたお姫様が飛び交う蝶に目を留めて、誘われるように舞う姿には恋に苦しむ切なさも見出されます。やがて姫は手獅子を持ち、獅子が蝶と戯れ遊ぶ様子を賑やかに踊り、続いて獅子へと姿を変え、勇壮な舞を見せます。
松竹と近松座
1895年に創業した松竹株式会社は現在でも歌舞伎という文化を守り育てています。その松竹を代表する歌舞伎俳優といえば坂田藤十郎さんがその1人ですが、その坂田藤十郎さんが1981年に独自の演劇活動として近松座を立ち上げました。近松座は、東洋のシェイクスピアと称される近松門左衛門の作品を上演するという目的に徹した演劇活動を行っていて、その公演は国内外で高い評価を得ています。
そもそも近松門左衛門とは17世紀後半から18世紀前半の江戸中期の元禄時代に、上方(京都・大阪)で活躍した劇作家です。義太夫の創始者である竹本義太夫と組んで、文楽の前身である人形浄瑠璃に新風を吹き込む一方、歌舞伎役者の初代藤田藤十郎と手を組んで、上方歌舞伎の原点である和事の芸を確立し、人形浄瑠璃や歌舞伎の書き下ろし作品を多数残しました。
近松の世話物は、普通の暮らしや人間関係の中で起こる些細な出来事がやがて悲劇を生む…という特徴があります。町内や仕事仲間といった狭い世界で汚された面目、この潔白を死んで晴らす男の存在など、登場人物のありのままの気持ちを訴えています。描くのはスーパーヒーローではないごく身近な市井の人々…、そんな視点は現代の日本人のみならず、世界の観衆に今でも受け入れられているのです。
※内容は『SUPERCITY上海07.8月号』より一部抜粋して掲載しております。全ページをご覧になりたい場合、左上の「電子BOOKを読む」からお入りください。
独占インタビュー 坂田藤十郎さん
坂田「肝心の 花道が設けられないことも…」
中国での歌舞伎公演、はてさて気になるその行方・・・。
それは観てのお楽しみ――
重要無形文化財保持者(人間国宝)であり、上方歌舞伎を牽引してきた坂田藤十郎さん率いる近松座が、来月中国の4都市で20日間にわたる巡回公演を行います。日本のオリジナルに忠実に演じたいと話す坂田さんですが、中国の舞台に花道が設けられない可能性も!? この局面をどう乗り切るか、それはまさに「観てのお楽しみ」!
SC 坂田藤十郎さん率いる近松座は04年5月に「第2回北京国際演劇祭」への出演を果たしています。今回は2度目の中国公演となるわけですね。
坂田 前回は時間の都合などもあり、様式美を見せる舞踊劇での参加でした。しかし、この演劇祭への参加がきっかけとなって、今回再びの中国招聘へとつながったのです。厳密に言えば、近松座のドラマを見せる歌舞伎の公演としては今回が初めての中国公演だと言ってよいでしょう。
近松座が海外公演を始めたのは2001年からです。イギリス、ロシア、アメリカ、韓国などを回りましたが、その都度、私が感じるのは「人間は世界共通」だということです。公演でお客様から何度もカーテンコールやスタンディングオベーションをいただきますが、その時のお客様からいただく拍手の間合いや、歌舞伎に感動したお客様の反応というのは、不思議なことにどこで公演を行ってもまったく同じなんです。あの瞬間は、その場にいる役者も観客もみんなが国や民族、何もかもを忘れて心から通じ合っていると感じるのです。この気持ちは、特に最近の海外公演でより強く感じるようになりました。
SC そういう意味で今回の中国公演へはどのようなお気持ちで臨みますか。
坂田 歌舞伎で心と心が通じ合える、ならば、ましてや隣国の中国に来ないわけにはいかないでしょう。しかも今年は日中国交正常化35周年という節目の年です。この記念すべき年に訪中できることを大変うれしく思っています。けれども、私としてはもっと早い時期に中国へ来たかったという思いもあるんです。これまでの日本と中国は、こんなにも近い国であるのにその文化交流は”浅い“ところにあったのではないでしょうか。
日本と中国は経済的な交流は進んでいるかもしれませんが、心と心を通わせる交流はまだまだ。しかしその交流の鍵を握るのは、文化にあると私は思っています。400年の歴史のある歌舞伎は、日本の心を伝える芸術です。私は歌舞伎俳優として中国の方々に歌舞伎を観てもらい、「日本の心」と言うものを伝えていきたい。今回の公演は中国と日本の友情をますます深めて行きたいという一心で取り組みます。
SC 世界中どこで演じても、観客と感じあえる――。言葉も環境もまったく異なるバックグラウンドを持つ観客が歌舞伎に共感するのはなぜなのでしょうか。
坂田 その理由の1つには、やはり作品の力が挙げられます。近松座が演じるのは、日本を代表する劇作家で東洋のシェイクスピアとも呼ばれる近松門左衛門の作品です。近松作品全般に対して言われることですが、近松の作品は非常にドラマ性に富んでいます。ロンドンなどで公演を行っても、劇評にはそのドラマ性が絶賛されています。
今回の公演の演目の1つ『傾城反魂香』は、夫婦愛をテーマに描かれています。生まれつきの吃音で出世できない夫・又平を、妻・おとくが支え引っ張っていく。この夫婦のやりとりがリアリティあふれる様子で、きめ細かく描かれています。全体としてわかりやすいストーリーに加え、女性がしっかりしているといわれる中国では、この力強い夫婦愛に共感を得ていただけるのではないでしょうか。
歌舞伎公演は、人間の「真の心」を芸の流れで見せていくものです。歌舞伎の知識うんぬんではなく、作品をドラマとしてみてもらえれば、きっとみなさんにおわかりいただけるはずです。
また、今回はもう1演目、舞踊『英執着獅子』をご覧いただく予定です。この作品のおもしろさは1人の人物が前半で美しい女性を演じたかと思えば、後半は勇壮な獅子を演じるところにあります。まったく異なる性格の2つの役をこなすところに、ぜひご注目いただきたいですね。
SC 今回は北京を皮切りに杭州、上海、広州と20日間で4都市を巡演しますが、「人間国宝」の坂田さんでも緊張されるのでしょうか。
坂田 歌舞伎は毎回どこで演じても同じ気持ちで取り組んでいますが、公演回数1200回を越えた『曾根崎心中』でさえ毎回新しい舞台を踏む気持ちでドキドキしています。今回も同じです。ですが、むしろ緊張と言うより、初めて訪れる場所で演じられる楽しみのほうが大きいかもしれませんね。芝居を観る習慣のある中国の皆さんの前で演じて、どんな反応が返ってくるのか非常に楽しみです。
とりわけ中国には京劇の文化があります。多くの方々は京劇と歌舞伎が似たようなものだと思っていらっしゃる。確かに自国の芸術を演じて感動してもらうという根っこの部分と言いますか、到達するところは同じなのですが、実は京劇と歌舞伎はだいぶ違うものなのです。
京劇には歌舞伎の隈取りに似た化粧法があったり、女性役を男性が演じたり、似通っているところも多い。けれど京劇はオペラに近く、歌うことで物語が進行します。歌舞伎は節回しが歌っているように聞こえるかもしれませんが、台詞で物語をつないでいくドラマなので歌ったりはしません。今回の歌舞伎公演で両者の違いに気づいてくれたら、これもまた公演の1つの意義となるでしょう。
また今回の公演では、日本でわれわれが演じている歌舞伎をそっくり忠実に再現します。時間的条件や物理的条件などあらゆる面で勝手の異なる海外公演ですが、だからと言って内容をカットするようなことはしません。私は海外公演を始めたころからずっと、海外だからこそ日本とまったく同じにやらないと何も伝わらない、と思ってきました。どこにいても同じものをお客様にお見せすることにこそ、意義があるのです。
具体的に直面している一番の問題は花道をどう設けるかですが、これも日本と同じになるように調整している最中です。仮に花道が設けられない場合でも、花道があるとき以上に深い感動が与えられるよう、準備を整えています。さて実際にどうなるかは、観てのお楽しみです。●
(7月2日 北京の長富宮飯店にて)
坂田藤十郎一九三一年
京都府生まれ。本名、林宏太郎。屋号「山城屋」
一九四一年
二代目中村扇雀を名乗り、大阪角座『嫗山姥』の公時、寺子屋』の小太郎で初舞台を踏む。
一九八一年
近松門左衛門の作品を上演するという目的に徹した近松座発足。
一九九〇年
歌舞伎座『廓文章』の伊左衛門、『鏡獅子』の小姓弥生後に獅子の精、『心中天網島』の治兵衛で、三代目中村鴈治郎を襲名。
一九九四年
重要無形文化財保持者(人間国宝)認定
二〇〇三年
リムスキー・コルサコフ劇場(ロシア)『曽根崎心中』のお初役で、初演以来通算上演回数が1200回を超える。
二〇〇四年
「第2回北京国際演劇祭」に近松座舞踊公演として参加。
二〇〇五年
南座『夕霧名残の正月』の伊左衛門、『曽根崎心中』のお初、『本朝廿四孝』の八重垣姫で、坂田藤十郎を襲名。
二〇〇七年
日本放送協会放送文化賞。やわらかさと色気そして華のある芸で、常に歌舞伎の第一線で活躍する。座右の銘は「一生青春」。
近松門左衛門作 傾城反魂香
土佐将監閑居の場 古今東西、普遍の夫婦愛を描く

これは近松門左衛門が1708年に書いた作品で、人形浄瑠璃として初演されました。原作は室町時代の絵師・狩野元信を主人公とするお家騒動ですが、現在では浮世又平と妻・おとくを描いた「土佐将監閑居の場」がよく上演されます。又平は義太夫独特の吃音の言い方をふまえてのセリフの技巧を要求される難しい役として知られています。死を覚悟して一心不乱に手水鉢に自画像を描くところ、土佐の苗字を名乗ることを許されての喜びなど見せどころが多い作品でもあります。妻・おとくも歌舞伎の中の「三女房」のひとつに数えられる大役で、おしゃべりであってもでしゃばりにならない、その兼ね合いをいかに演じているかにも注目したいもの。言葉が不自由な又平と、夫を支える妻・おとくとの温かい夫婦愛が伝わる名作です。
英執着獅子
長唄囃子連中
歌舞伎舞踊には能の『石橋』に取材し獅子を題材に扱う「石橋物」があり、この作品は1754年に初演され、現存する「石橋物」の中では、『相生獅子』『枕獅子』に次ぐ古い作品です。当時、舞踊は女形の専売で、勇壮な獅子の精を女形舞踊に仕立てたところに趣向がありました。姫と傾城の2つのやり方が伝わっていますが、どちらにしても裾を引いた姿で踊り、女形の美しさと優美さを見せる舞踊です。夢から覚めたお姫様が飛び交う蝶に目を留めて、誘われるように舞う姿には恋に苦しむ切なさも見出されます。やがて姫は手獅子を持ち、獅子が蝶と戯れ遊ぶ様子を賑やかに踊り、続いて獅子へと姿を変え、勇壮な舞を見せます。松竹と近松座
1895年に創業した松竹株式会社は現在でも歌舞伎という文化を守り育てています。その松竹を代表する歌舞伎俳優といえば坂田藤十郎さんがその1人ですが、その坂田藤十郎さんが1981年に独自の演劇活動として近松座を立ち上げました。近松座は、東洋のシェイクスピアと称される近松門左衛門の作品を上演するという目的に徹した演劇活動を行っていて、その公演は国内外で高い評価を得ています。
そもそも近松門左衛門とは17世紀後半から18世紀前半の江戸中期の元禄時代に、上方(京都・大阪)で活躍した劇作家です。義太夫の創始者である竹本義太夫と組んで、文楽の前身である人形浄瑠璃に新風を吹き込む一方、歌舞伎役者の初代藤田藤十郎と手を組んで、上方歌舞伎の原点である和事の芸を確立し、人形浄瑠璃や歌舞伎の書き下ろし作品を多数残しました。
近松の世話物は、普通の暮らしや人間関係の中で起こる些細な出来事がやがて悲劇を生む…という特徴があります。町内や仕事仲間といった狭い世界で汚された面目、この潔白を死んで晴らす男の存在など、登場人物のありのままの気持ちを訴えています。描くのはスーパーヒーローではないごく身近な市井の人々…、そんな視点は現代の日本人のみならず、世界の観衆に今でも受け入れられているのです。
「近松座、中国を巡る人間国宝が至近距離に! 藤十郎が見せる日本の芸の真髄とは」後編へ
※内容は『SUPERCITY上海07.8月号』より一部抜粋して掲載しております。全ページをご覧になりたい場合、左上の「電子BOOKを読む」からお入りください。


