張双至さん
灯火が映し出す伝統の彩り

灯籠といえば日本では夏の夜の風物詩。お盆が近づくと、灯籠流しの風情が懐かしくなる人もいるはず。では、中国ではどんな灯籠が作られているのだろう? ユネスコも認めた灯籠作家の1人、張双至さんのアトリエで、その答えを探った。
文/林静 撮影/張全
宮中の技を学ぶ
日本ではよく比喩に使われる走馬灯。だが実際に眼にする機会は少ない。張双至さんの自宅には、この走馬灯のほか、方灯、宮灯、蓮花灯、吉利灯など、さまざまな形の灯籠が賑やかに並ぶ。
北京で名の知れた人は4、5人しかいないといわれる灯籠作家。その1人が「小灯張(小さな灯籠の張)」の名で親しまれている張双至さんだ。張双至さんの父親、初代「小灯張」の張長順さんは民国初期、安定門の一帯で北京でも名うての左官屋として宮廷がらみの仕事を請け負っていた。そんなある日、王府の広大な屋敷を手がける。そのでき栄えに満足した宦官が、お礼に宮中の品を渡そうとしたが、長順さんは受け取ろうとしなかった。当時の一般の庶民は、身分不相応な品物を持ったために後で咎めを受けたりするのを恐れていたのだ。そこで宦官は一策を講じた。かつて宮中で灯籠作りをしていた、八十歳を超える老人を紹介し、長順さんに「その男から灯籠作りを学ぶが良い。将来それで金が稼げるだろう」と言ったのだった。
その言葉に従った長順さんは、優れた記憶力と地道な実践を重ね、数回学んだだけで作り方を頭に入れてしまったという。
倒れない灯籠で一躍有名に
長順さんはその後、冬になると彩灯(装飾つきのちょうちん)や風車を作って生計を立てた。作った灯籠は地安門や東四、西四などで売られた。灯籠の下に重さのある土台をつけたので、風が吹いても傾いて焼けたりせず、広く人気を博した。「小灯張」との愛称を得た長順さんは、1953年に民芸品作りをやめてしまうまで、灯籠と風車では北京で3本の指に入る作家だった。
当時は年越しになると灯籠が戸口を飾り、爆竹を放つ際も暗い夜道を照らした。かつての灯籠には言葉が書かれたものが多く、「五子登科(五人の子どもが皆科挙に合格する)」と書かれた灯籠は昇進を願う官吏などに贈られた。一方で庶民は「恭喜発財(商売繁盛)」などの縁起のいい言葉を喜んだという。
灯籠で縁を結ぶ
今でこそほとんど廃れてしまったが、そもそも昔の中国では旧暦1月15日の元宵節前後に「灯会」と呼ばれる灯籠祭りがあった。北京でも宮灯と呼ばれるさまざまな灯籠が寺廟
や商店に掛けられ、美しく夜の北京を照らした。今も北京の王府井の北側に灯市口という場所があるが、ここは灯籠の市場で有名だった所。張さんはこう説明する。
「昔の中国では、未婚の女性の外出は難しく、ましてや恋人と2人で歩くなどもってのほかでした。でもここの灯籠市場では元宵節の頃に未婚の男女が集まり、そっと意中の相手を選んだのです」。
お目当てを見つけた後は正式に相手の家に打診し、春からの繁忙期の前に縁談の話を進めたという。この他ここでは、灯籠に謎々を書き、それを当てた人がその灯籠を持って帰ることができる、という風流な遊びも行われた。
復活した幻の灯籠
貧しい家で育った張双至さんは、7、8歳の頃、天秤を担いで灯籠売りをした記憶をもつ。家で灯籠作りをしていたにも関わらず、自分の灯籠は自分で作ってお金を節約した。当時から灯籠を作ったり絵を描くことは得意だったが、興味の対象が変わったことや家庭の事情などから、その後しばらく灯籠作りから離れた。だが1980年代に入り、ある凧作家の先輩
から灯籠作りの技を絶やさぬよう勧められる。その期待に応えて灯籠作りを再開。改めて、自らが受け継いだ技のかけがえのなさに気付き、「小灯張」の名を復活させたのだった。
手作りの味を楽しむ
骨組みを作り、その上に切り絵、または絵の描かれた紙や絹を張る灯籠作りは、さまざまな民芸の技が組み合わさったもので、簡単そうに見えて意外と難しい。だが一方で、骨組みには普通の割り箸が使われていたりと、思わぬ親しみやすさもある。
現在、灯籠作りは小学校の工作の授業の教材にも取り入れられている。張さんの下にも、大勢の子どもが短期で学びに来るのだとか。
伝統的な「明かり」文化の多彩さ、そして手作りのすばらしさを教えてくれる北京の灯籠文化、その「ともし火」は今後も絶えることはないに違いない。●
張双至
1943年北京生まれ。民国初期に左官屋及び灯籠作家として名声を博した張長順、通称「小灯張」の二代目。幼時より父親から灯籠作りを教わる。その後、運搬夫、軍人などの職を経た後、水利科学研究院でダムの模型などを制作。その後伝統の灯籠作りを復活させ、1987年の春節には中国美術館の「民俗大展」に二十の作品を出展。1990年には作品が首都博物館、中国美術館に所蔵される。1995年には国連ユネスコが民間工芸美術家の称号を授与。中国民間芸術家協会、北京民間玩具協会等の会員。「小灯張」は今年、北京で100の「芸術家庭」の1つに選ばれた。
灯籠といえば日本では夏の夜の風物詩。お盆が近づくと、灯籠流しの風情が懐かしくなる人もいるはず。では、中国ではどんな灯籠が作られているのだろう? ユネスコも認めた灯籠作家の1人、張双至さんのアトリエで、その答えを探った。
文/林静 撮影/張全
宮中の技を学ぶ
日本ではよく比喩に使われる走馬灯。だが実際に眼にする機会は少ない。張双至さんの自宅には、この走馬灯のほか、方灯、宮灯、蓮花灯、吉利灯など、さまざまな形の灯籠が賑やかに並ぶ。
北京で名の知れた人は4、5人しかいないといわれる灯籠作家。その1人が「小灯張(小さな灯籠の張)」の名で親しまれている張双至さんだ。張双至さんの父親、初代「小灯張」の張長順さんは民国初期、安定門の一帯で北京でも名うての左官屋として宮廷がらみの仕事を請け負っていた。そんなある日、王府の広大な屋敷を手がける。そのでき栄えに満足した宦官が、お礼に宮中の品を渡そうとしたが、長順さんは受け取ろうとしなかった。当時の一般の庶民は、身分不相応な品物を持ったために後で咎めを受けたりするのを恐れていたのだ。そこで宦官は一策を講じた。かつて宮中で灯籠作りをしていた、八十歳を超える老人を紹介し、長順さんに「その男から灯籠作りを学ぶが良い。将来それで金が稼げるだろう」と言ったのだった。
その言葉に従った長順さんは、優れた記憶力と地道な実践を重ね、数回学んだだけで作り方を頭に入れてしまったという。
倒れない灯籠で一躍有名に
長順さんはその後、冬になると彩灯(装飾つきのちょうちん)や風車を作って生計を立てた。作った灯籠は地安門や東四、西四などで売られた。灯籠の下に重さのある土台をつけたので、風が吹いても傾いて焼けたりせず、広く人気を博した。「小灯張」との愛称を得た長順さんは、1953年に民芸品作りをやめてしまうまで、灯籠と風車では北京で3本の指に入る作家だった。
当時は年越しになると灯籠が戸口を飾り、爆竹を放つ際も暗い夜道を照らした。かつての灯籠には言葉が書かれたものが多く、「五子登科(五人の子どもが皆科挙に合格する)」と書かれた灯籠は昇進を願う官吏などに贈られた。一方で庶民は「恭喜発財(商売繁盛)」などの縁起のいい言葉を喜んだという。
灯籠で縁を結ぶ
今でこそほとんど廃れてしまったが、そもそも昔の中国では旧暦1月15日の元宵節前後に「灯会」と呼ばれる灯籠祭りがあった。北京でも宮灯と呼ばれるさまざまな灯籠が寺廟
や商店に掛けられ、美しく夜の北京を照らした。今も北京の王府井の北側に灯市口という場所があるが、ここは灯籠の市場で有名だった所。張さんはこう説明する。
「昔の中国では、未婚の女性の外出は難しく、ましてや恋人と2人で歩くなどもってのほかでした。でもここの灯籠市場では元宵節の頃に未婚の男女が集まり、そっと意中の相手を選んだのです」。
お目当てを見つけた後は正式に相手の家に打診し、春からの繁忙期の前に縁談の話を進めたという。この他ここでは、灯籠に謎々を書き、それを当てた人がその灯籠を持って帰ることができる、という風流な遊びも行われた。
復活した幻の灯籠
貧しい家で育った張双至さんは、7、8歳の頃、天秤を担いで灯籠売りをした記憶をもつ。家で灯籠作りをしていたにも関わらず、自分の灯籠は自分で作ってお金を節約した。当時から灯籠を作ったり絵を描くことは得意だったが、興味の対象が変わったことや家庭の事情などから、その後しばらく灯籠作りから離れた。だが1980年代に入り、ある凧作家の先輩
から灯籠作りの技を絶やさぬよう勧められる。その期待に応えて灯籠作りを再開。改めて、自らが受け継いだ技のかけがえのなさに気付き、「小灯張」の名を復活させたのだった。
手作りの味を楽しむ
骨組みを作り、その上に切り絵、または絵の描かれた紙や絹を張る灯籠作りは、さまざまな民芸の技が組み合わさったもので、簡単そうに見えて意外と難しい。だが一方で、骨組みには普通の割り箸が使われていたりと、思わぬ親しみやすさもある。
現在、灯籠作りは小学校の工作の授業の教材にも取り入れられている。張さんの下にも、大勢の子どもが短期で学びに来るのだとか。
伝統的な「明かり」文化の多彩さ、そして手作りのすばらしさを教えてくれる北京の灯籠文化、その「ともし火」は今後も絶えることはないに違いない。●
1943年北京生まれ。民国初期に左官屋及び灯籠作家として名声を博した張長順、通称「小灯張」の二代目。幼時より父親から灯籠作りを教わる。その後、運搬夫、軍人などの職を経た後、水利科学研究院でダムの模型などを制作。その後伝統の灯籠作りを復活させ、1987年の春節には中国美術館の「民俗大展」に二十の作品を出展。1990年には作品が首都博物館、中国美術館に所蔵される。1995年には国連ユネスコが民間工芸美術家の称号を授与。中国民間芸術家協会、北京民間玩具協会等の会員。「小灯張」は今年、北京で100の「芸術家庭」の1つに選ばれた。
(SUPER CiTY北京 2007年7月号掲載内容)


