天津よもやま話 03回
何でもします便利屋さん
文/瀬尾佐和子
大好きな天津を皆に好きになってもらえるよう”便利屋さん“を始めて1年半。いろいろなご相談・ご依頼がありました。今月は私が普段どんな仕事を引き受けているのか、ご紹介しましょう。忘れることのできない、印象深いエピソードです。
娘さんは、”ウサギさん“
「ジャクリーンが!!」
それは週末の1本の電話から始まった。電話主の話を聞けば、上海へ引越すため空港カウンターに来たが、”娘さん“のジャクリーンが搭乗できないとのこと。家族の搭乗を断られるとは前代未聞だが、その娘さんは人間ではなかった。彼女はお耳の長い「ウサギさん」なのだ。
係員によると手続きは平日しかできず、それまではカウンターで預かることになるそうだ。この非常事態に、私は依頼人の力になることにした。「とにかく人間は上海へ。ウサギさんは後からライフラインサービスがお届けします!」
ひとまず待機体制を取ることになった我々。が、その後突然空港から「午前0時までに引き取りに来なかったら処分」と連絡が入る。処分されては一大事。深夜の高速道路を飛ばしてお嬢様の救出に走る。何とか九死に一生を得たジャクリーンだが、何も知らず呑気にお口をもぐもぐ。
翌朝一番に検疫所に向かい、同時に上海行きの列車のチケットを入手。検疫はいとも簡単に終了し、メモ用紙のような証明書を手に貨物改札口に直行。が、そこで駅員から冷たい一言。「ウサギは上海行きの列車に乗れない」「でも証明書には天津駅発上海駅着と書いてあるやんかあ!」「あかんもんは、あかん」駅員は事務所から分厚い中国鉄道規則全集なるものを持ってきた。「お姉ちゃん、ここに書いてありまっしゃろ。上海に小動物は入れませんって」
とにかく列車はキャンセルして飛行機だ。今度は空路での入境証を手続きし、最終便で上海へ。ジャクリーンはかなり衰弱しているに違いない(ウサギさんって繊細なんですよ。私みたいに)。やっとの思いで無事、搭乗。上海空港のターンテーブルから、逆さまにひっくり返った状態で出てきたジャクリーンは、お目目をぱちくりさせていた。寝不足のためか目が赤い(ウサギは赤い)。
大切なものを守る気持ち
ホテルに到着したのは深夜だった。動物は持ち込めないと言うが、大切なお嬢さんを見ず知らずの男性の手に渡す訳にはいかず、一緒に守衛室に泊まることにした。ジャクリーンは退屈そうな守衛さんの大歓迎を受けご機嫌。携帯で翌日の早出守衛は、ニンジン持参のことという伝達がなされている。
翌朝、VIP待遇で宿泊したジャクリーンは依頼主と無事対面を果たし、任務は完了した。東奔西走、ウサギのために持てる力の全てを出し切った一大劇であった。
「たかがウサギで」と思う方もいるかもしれません。でも当人にとっては、かけがえのないもの。大切なものを慈しむ気持ちはどの場所でも変わりません。日本で日常を過ごしていると気が付かない”人間“としての気持ちを、気付かせてくれた出来事でした。●
MUST MEET&SEE IN 天津——この人・物に会いたい!見たい!
天津神戸市事務所
所長 岡本康憲さん
天津市と神戸市は73年6月24日に友好都市提携を結びました。それは72年の両国国交正常化以後、最初の中日友好都市が誕生した記念すべき出来事です。
その後80年には天津港と神戸港が友好港となり、85年には対中貿易を促進するための中国市場調査と販路開拓、並びに友好親善、経済交流の拠点としての神戸市事務所が設立されました。
天津市と神戸市は行政、民間の交流を盛んに行い、今年も200人の天津の子どもたちが天津神戸間フェリー燕京号で神戸市を友好訪問しました。民間企業へのサポートはかつては神戸から天津への進出支援が主でしたが、経済発展に伴い、現在では天津から神戸への進出誘致も大切な仕事です。
第8代目所長の岡本さんと勤続20年の副所長呉さんが、今日も中日&天津神戸友好のため頑張っています。
文/瀬尾佐和子
大好きな天津を皆に好きになってもらえるよう”便利屋さん“を始めて1年半。いろいろなご相談・ご依頼がありました。今月は私が普段どんな仕事を引き受けているのか、ご紹介しましょう。忘れることのできない、印象深いエピソードです。
娘さんは、”ウサギさん“
「ジャクリーンが!!」
それは週末の1本の電話から始まった。電話主の話を聞けば、上海へ引越すため空港カウンターに来たが、”娘さん“のジャクリーンが搭乗できないとのこと。家族の搭乗を断られるとは前代未聞だが、その娘さんは人間ではなかった。彼女はお耳の長い「ウサギさん」なのだ。
係員によると手続きは平日しかできず、それまではカウンターで預かることになるそうだ。この非常事態に、私は依頼人の力になることにした。「とにかく人間は上海へ。ウサギさんは後からライフラインサービスがお届けします!」
ひとまず待機体制を取ることになった我々。が、その後突然空港から「午前0時までに引き取りに来なかったら処分」と連絡が入る。処分されては一大事。深夜の高速道路を飛ばしてお嬢様の救出に走る。何とか九死に一生を得たジャクリーンだが、何も知らず呑気にお口をもぐもぐ。
翌朝一番に検疫所に向かい、同時に上海行きの列車のチケットを入手。検疫はいとも簡単に終了し、メモ用紙のような証明書を手に貨物改札口に直行。が、そこで駅員から冷たい一言。「ウサギは上海行きの列車に乗れない」「でも証明書には天津駅発上海駅着と書いてあるやんかあ!」「あかんもんは、あかん」駅員は事務所から分厚い中国鉄道規則全集なるものを持ってきた。「お姉ちゃん、ここに書いてありまっしゃろ。上海に小動物は入れませんって」
とにかく列車はキャンセルして飛行機だ。今度は空路での入境証を手続きし、最終便で上海へ。ジャクリーンはかなり衰弱しているに違いない(ウサギさんって繊細なんですよ。私みたいに)。やっとの思いで無事、搭乗。上海空港のターンテーブルから、逆さまにひっくり返った状態で出てきたジャクリーンは、お目目をぱちくりさせていた。寝不足のためか目が赤い(ウサギは赤い)。
大切なものを守る気持ち
ホテルに到着したのは深夜だった。動物は持ち込めないと言うが、大切なお嬢さんを見ず知らずの男性の手に渡す訳にはいかず、一緒に守衛室に泊まることにした。ジャクリーンは退屈そうな守衛さんの大歓迎を受けご機嫌。携帯で翌日の早出守衛は、ニンジン持参のことという伝達がなされている。
翌朝、VIP待遇で宿泊したジャクリーンは依頼主と無事対面を果たし、任務は完了した。東奔西走、ウサギのために持てる力の全てを出し切った一大劇であった。
「たかがウサギで」と思う方もいるかもしれません。でも当人にとっては、かけがえのないもの。大切なものを慈しむ気持ちはどの場所でも変わりません。日本で日常を過ごしていると気が付かない”人間“としての気持ちを、気付かせてくれた出来事でした。●
MUST MEET&SEE IN 天津——この人・物に会いたい!見たい!
所長 岡本康憲さん
天津市と神戸市は73年6月24日に友好都市提携を結びました。それは72年の両国国交正常化以後、最初の中日友好都市が誕生した記念すべき出来事です。
その後80年には天津港と神戸港が友好港となり、85年には対中貿易を促進するための中国市場調査と販路開拓、並びに友好親善、経済交流の拠点としての神戸市事務所が設立されました。
天津市と神戸市は行政、民間の交流を盛んに行い、今年も200人の天津の子どもたちが天津神戸間フェリー燕京号で神戸市を友好訪問しました。民間企業へのサポートはかつては神戸から天津への進出支援が主でしたが、経済発展に伴い、現在では天津から神戸への進出誘致も大切な仕事です。
第8代目所長の岡本さんと勤続20年の副所長呉さんが、今日も中日&天津神戸友好のため頑張っています。
(SUPER CiTY北京 2007年8月号掲載内容)


