中国のマスコミとの付き合い方 最終回(第27回)
(最終回)
北京の日本大使館の広報担当の井出敬二公使へのインタビュー。
井出公使は、3年5カ月の北京勤務を終えて、7月末に日本に帰国されることとなった。この最終回では、中国での仕事の印象について尋ねてみた。
——印象に残っている中国の報道ぶりを紹介してください。
井出 この3年あまりの間に、日中間でさまざまな論点がありましたが、日本側の見方、主張も紹介してくれた報道はやはり印象に残っています。いわゆる歴史問題と呼ばれる諸問題、海洋での石油・ガス開発、ODAなどで、正確な情報と幅広い見方を提供する努力は重要だと痛感しました。海洋での石油・ガス開発の法的問題に関して、自ら、欧米の教授が執筆した国際法の教科書にもあたって、日中の論争点を分析しようとした記者もいましたが、そのような記者は非常に稀です。これらの記者は、さまざまなプレッシャーの下で働いていたものと推測しています。
また記者が決まり切った中国国内のステレオタイプの見方ではなく、一歩でも二歩でも踏み込んで、自分で考えて書いた記事というのも印象に残っています。たとえば、日中韓3カ国の近代史を説明する図書というものはどうあるべきか、という記事を書いた記者がいましたが、それは単に日本を批判すれば良いというものではないという趣旨で、興味深い内容でした。そのような記事は、単に、誰かを一方的に批判するだけではなく、振り返って我が身を考えるという姿勢が見られるものです。
このような記者たちと知り合えたことで、私にとっても非常に多くの勉強をすることができました。
この3年あまりで、中国のさまざまなメディアで人の異動もあり、報道ぶりがかなり変化したメディアもあります。しかし、何人かの記者たちとは、職場を異動した後も交流を続けています。
——報道されなかったことで印象に残っていることはありますか?
井出 2004年11月に、中国の潜水艦が日本の領海に入った事件がありましたが、中国で、このことの顛末を最後まで正確に報道したメディアは、私の知る限りなかったようです。日中双方の国民がさまざまなことについてバランスよく知識を持ち理解を深めるために、どのような報道が望ましいのかという点については、中国の記者たちともよく議論しています。
——本誌の読者である、多くの企業関係者への助言や希望はありますか?
井出 大使館と企業とでは種々状況が異なりますし、また北京、上海などの大都会と、地方都市とでも状況が異なると思いますが、日頃から中国の多くのメディアとお付き合いされ、いわば皮膚感覚で、中国人記者がどのような環境の下で、どのような発想で仕事をし、どのような努力をしているのかが分かるようになれば素晴らしいと思います。
そのような交流は、中国の記者たちも望んでいるようです。このような交流が日頃からあれば、中国の記者たちの日本理解がどのようなものかわかります。何か突発的な事件が発生しても、そのような知識を前提として、説明をしていくことができます。また知り合いの記者たちからの助言も得て、うまく対応していくことができると思います。
中国人に日本、日本人について理解してもらうためには、日本側からも、さまざまな人たちからのいろいろな説明が必要だと痛感します。中国に在住している日本の各種団体の方々、ビジネス、メディア、学生の皆さんからもぜひ積極的に発信していただきたいと思います。
最近、CCTV2チャンネルの「対話」という番組で、日中両国の青年たちが参加した討論が放送されました。私も、CCTVから依頼されて、北京在住の日本人出演者を探すお手伝いをしましたが、このような機会に快く御参加いただいた皆さんには深く感謝しています。
——27回にわたる連載をありがとうございました。日本にご帰国後のご活躍をお祈りします。
井出 この紙面をお借りして、日頃の日本大使館の活動に多大なるご理解とご支援を頂いています皆様に厚く御礼申し上げます。●
井出敬二公使
2004年2月から、日本大使館でマスコミ・文化担当。05年12月、本誌連載記事などをまとめて「中国のマスコミとの付き合い方」(日本僑報社)を出版した。
また中国での広報文化活動についてのエッセーを、毎週インターネット新聞「日刊ベリタ」(http://www.nikkanberita.com)に連載している。パブリック・ディプロマシーに関する近刊(PHP社、9月刊予定)では、「日本の対中国パブリック・ディプロマシー」の章を執筆している。
在中国日本大使館広報文化センター所長井出敬二公使に聞く
中国のマスコミとの付き合い方北京の日本大使館の広報担当の井出敬二公使へのインタビュー。
井出公使は、3年5カ月の北京勤務を終えて、7月末に日本に帰国されることとなった。この最終回では、中国での仕事の印象について尋ねてみた。
——印象に残っている中国の報道ぶりを紹介してください。
井出 この3年あまりの間に、日中間でさまざまな論点がありましたが、日本側の見方、主張も紹介してくれた報道はやはり印象に残っています。いわゆる歴史問題と呼ばれる諸問題、海洋での石油・ガス開発、ODAなどで、正確な情報と幅広い見方を提供する努力は重要だと痛感しました。海洋での石油・ガス開発の法的問題に関して、自ら、欧米の教授が執筆した国際法の教科書にもあたって、日中の論争点を分析しようとした記者もいましたが、そのような記者は非常に稀です。これらの記者は、さまざまなプレッシャーの下で働いていたものと推測しています。
また記者が決まり切った中国国内のステレオタイプの見方ではなく、一歩でも二歩でも踏み込んで、自分で考えて書いた記事というのも印象に残っています。たとえば、日中韓3カ国の近代史を説明する図書というものはどうあるべきか、という記事を書いた記者がいましたが、それは単に日本を批判すれば良いというものではないという趣旨で、興味深い内容でした。そのような記事は、単に、誰かを一方的に批判するだけではなく、振り返って我が身を考えるという姿勢が見られるものです。
このような記者たちと知り合えたことで、私にとっても非常に多くの勉強をすることができました。
この3年あまりで、中国のさまざまなメディアで人の異動もあり、報道ぶりがかなり変化したメディアもあります。しかし、何人かの記者たちとは、職場を異動した後も交流を続けています。
——報道されなかったことで印象に残っていることはありますか?
井出 2004年11月に、中国の潜水艦が日本の領海に入った事件がありましたが、中国で、このことの顛末を最後まで正確に報道したメディアは、私の知る限りなかったようです。日中双方の国民がさまざまなことについてバランスよく知識を持ち理解を深めるために、どのような報道が望ましいのかという点については、中国の記者たちともよく議論しています。
——本誌の読者である、多くの企業関係者への助言や希望はありますか?
井出 大使館と企業とでは種々状況が異なりますし、また北京、上海などの大都会と、地方都市とでも状況が異なると思いますが、日頃から中国の多くのメディアとお付き合いされ、いわば皮膚感覚で、中国人記者がどのような環境の下で、どのような発想で仕事をし、どのような努力をしているのかが分かるようになれば素晴らしいと思います。
そのような交流は、中国の記者たちも望んでいるようです。このような交流が日頃からあれば、中国の記者たちの日本理解がどのようなものかわかります。何か突発的な事件が発生しても、そのような知識を前提として、説明をしていくことができます。また知り合いの記者たちからの助言も得て、うまく対応していくことができると思います。
中国人に日本、日本人について理解してもらうためには、日本側からも、さまざまな人たちからのいろいろな説明が必要だと痛感します。中国に在住している日本の各種団体の方々、ビジネス、メディア、学生の皆さんからもぜひ積極的に発信していただきたいと思います。
最近、CCTV2チャンネルの「対話」という番組で、日中両国の青年たちが参加した討論が放送されました。私も、CCTVから依頼されて、北京在住の日本人出演者を探すお手伝いをしましたが、このような機会に快く御参加いただいた皆さんには深く感謝しています。
——27回にわたる連載をありがとうございました。日本にご帰国後のご活躍をお祈りします。
井出 この紙面をお借りして、日頃の日本大使館の活動に多大なるご理解とご支援を頂いています皆様に厚く御礼申し上げます。●
井出敬二公使
2004年2月から、日本大使館でマスコミ・文化担当。05年12月、本誌連載記事などをまとめて「中国のマスコミとの付き合い方」(日本僑報社)を出版した。
また中国での広報文化活動についてのエッセーを、毎週インターネット新聞「日刊ベリタ」(http://www.nikkanberita.com)に連載している。パブリック・ディプロマシーに関する近刊(PHP社、9月刊予定)では、「日本の対中国パブリック・ディプロマシー」の章を執筆している。
(CHiNA ビジネス 2007.8月掲載内容)


